母から娘に、メザシ

娘と2月22日にやり取りしたメールです。
私:真鶴で干物の名人のところのメザシを買いました。大根おろしにレモンの絞り汁をかけて戴きました。ちょっとのお酒で酒の肴に、美味しかった。

娘:こういうのがいい!今日の夕食はヘルパーさんが作ってくれたもので、残念ながら甘いバーベキューソースがたっぷりかかったリブ。ソースを必死にこそぎとって食べた。メザシよこちらまで泳いでこい。

母:きゃー!それはいただけないね。メザシよ娘のところまで泳いでいってくれ!

1月13日に娘に出した手紙は「祈り」についてだった。
1月19日、娘から「祈り」について誤解していたとメールが来た。お母さんを苦しめるようなことしてごめんと書かれていた。私の方こそ娘を苦しめるようなことしてゴメン!です。

「お母さんとどう会話していいか、また一方的に怒りをぶつけしまうのが嫌で、ずっと沈黙していました。今はそっとして置いてください。とてつもない苦しみです」
「アマゾンのギフトカードで少しでも癒やされますように」
「カードありがとう。受け取るのに気が引けます。気を使ってくれてありがとう」
「受け取ってくれたら、嬉しい。本当は貴女に100万円ぐらいお見舞いを上げたい」

1月19日、今朝、貴女のことを思いながら目が覚めた時、「犬のおまわりさん」の歌をくちづさんでいました。

♫まいごのまいごのこねこさん、ないてばかりいるこねこさん、いぬのおまわりさんこまってしまってわんわんわあん、わんわんわあん♫
昔、貴女とこの歌をうたったことあったかしら。
いつの日か、笑いながらリズムをとりながら首をふりふり一緒に歌いたいな。

娘:いつものヘルパーさんと、怪我のことでなく上司の奥様と一緒に二人の孫のことや私達のおばあちゃんやお母さんのことで他愛もない話をして盛り上がりました。その後、気持ちが柔らかくなったので勇気を出してお母さんからの手紙を開きました。お母さんが言う「祈る」ということの意味がよーく伝わりました。私の思っていたのとちょっと違ってました。わかりました。そしてありがたいととおもえます。これからも祈ってください。
そして、お母さんを苦しめるるようなこといってごめん。お母さんを傷つけたくなかったからそっとして置いてと言ったの。
私は今でも人想いのある人間です。信じて。
今は、ヘルパーさんや同僚や上司の奥様に助けてもらって生活してます。上司の奥様はおせちとかきんぴらごぼうを夕食に届けてくれた。餃子もたくさん作ってくれて美味しかった。椎茸の甘煮はお母さんのと同じくらい上手い。安心して食べられるものを作ってくれます。
私一人でなんとかするには限界があると今回ようやくわかりました。上司の奥様は次は「昆布じめを作ると言った」すごく楽しみです。

お母さんとはまだ素直に話ができないかも。でも、何に意地を張っているかわからなくなりました。
今までは一人で歯を食いしばってなんでもやってきたので、今回の怪我で人の助けを受け入れことにとても苦しみました。毎回情けないやら、恥ずかしいやら、ゴミを出してもらうのも本当に申しわけないやら。でも今は一人ではできない。

もう、お母さんにあれ言うなこれ言うなと言いたくない。
お母さんはお母さんでしたかいしね。
ただ、私が直ぐに返信しなくても心配しないで。物事をじっくり考えて時間かけて反応するのが私の特徴だから。
小学生の時に住んでいたところが、自分が一番安心できる場所でした。いつか、お姉ちゃんと一緒に安心できる場所で昔みたいに笑い会える日を持ちたい。

実は私は、「いぬのおまわりさん」の歌を歌っていたよ。たまに、およげたいやきくんも。あと、あられちゃんのうたもよく頭から離れなくなる。

母:うれしいな。神様が繋げてくれたね。私は、朝、目覚めると同時にというか目覚める前から夢の中で「いぬのおまわりさん」を歌っていたの。そしたら、貴女が歌っていたなんて!
そして、私は決心したの。私は私。たとえ貴女が気に食わなくても、私は言う。もう、私らしくです。母であり、大人同士として敬意を持っての会話をしたいです。

春の季語の椿の花を送ります。日本は春がすぐそこに!

娘から:あー、お母さんはやはり生花というか投げ入れが上手だね。さりげないが生命力を持った椿ですね。いいなあ。こっちはまだ緑も花もない。でも、すずめが何匹か帰ってきた。上司の奥様が薔薇の花をもってきてくれたので花瓶に入れて飾った。椿は侘び寂びがあり竹の筒に入れたらいいだろうなあ。

母:褒めてくれてありがとう。雀は渡り鳥だった?こちらでは「チョットコイ、チョットコイ」と鳴くコジュケイかな、元気よく鳴いてます。

2月16日
娘から「お母さん今何している?電話してもよい」とメールがきた。嬉しい!