アワビと母

湯河原町「Calanques(カランク)」は
私のお気に入りのところです。
記憶に残る料理を出してくれます。
娘がお盆休みで帰ってきたとき、予約でアワビの料理を所望した。
夏のアワビを魚屋で見つけるとすぐに買いたくなる。
が、我慢する。
昔、ふんだんに食べたアワビあのときのアワビとは遠いような。
父は漁師、母は魚屋です。
私が子どもを身ごもったときに、
父は毎日アワビを持って来てくれた。
「力がつく」と。

母は認知症になった父を見送り、
今度は母が認知症に。
半年ほど寝込んで光線に旅たった。
最後、流動食も舌ベラで「ペッペッ」と出してきて困っていると看病してくれている義理の嫁さんの話で、
わたしはアワビを殻付きを一個買って
アワビをスリガネででおろしてスープにして母が寝ている実家に行く。

磯の香りがするアワビを
母の口元にもっていき、
「お婆ちゃん、アワビだよ」
というと、口をパックとあけて吸い込んでいく。
何度も何度も口を開けた。
持ってきたスープを全部飲み込んだ。
好きなものは食べることができた。
よかった!
母が好きだった浪曲もカセットラジオとCDを買って、
広沢虎造の「清水次郎長」
を枕元でかけた。
目がパッチと開いた。
よかった!
実家の義理の姉は妄想している母に恐れおののき困り果てていたが、
母は好きなものには正気になった。
笑顔をみせて、いい女になった。
そして旅たった。
お盆の頃になると母とアワビを思い出す。
供養のつもりでアワビを私のお気に入りのレストランで所望していただいた。
今年の夏もアワビで贅沢させて頂いた。
母よ、ありがとう。父よありがとう。